述而第七(172)論語ノート
子曰。聖人吾不得而見之矣。得見君子者。斯可矣。子曰。善人吾不得而見之矣。得見有恒者。斯可矣。亡而為有。虚而為盈。約而為泰。難乎。有恒矣。
子曰く、聖人は吾得ずしてこれを見るかな。君子者を見るを得ば、斯(さ)きて可なるかな。子曰く、善人は吾得ずしてこれを見るかな。恒有る者を見るを得ば、斯きて可なるかな。亡くして有りと為し、虚しくして盈(み)てりと為す。約にして泰と為す。難いかな。恒有らんかな。
子曰く、私は聖人に会うことが無くても聖人を知ることができる。それは君子者の、その良い面を切り分けて見ることで、かなうことだ、と。子曰く、私は善人に会うことが無くても善人を知ることができる。それは生まれながらの素直な本性に真摯に向き合おうとする者の、その良い面を切り分けて見ることで、かなうことだ、と。つまり、今の世に亡くなった聖人を有るとして、他人の空っぽなものを満ち足りたものと評価したり、自分も切りつめていながら贅沢を装うというようなことでは、誠実な生き方すらも危うくなるということだ。
この章には、「子曰く」の言葉が二つ続きます。最初の「子曰く」は聖人を知るための方法を語っており、次の「子曰く」は、善人についても同じことが言えることを語ったものです。二番目の言葉は、一番目の言葉の意味を、善人を例にして、より分かり易く説明するために並べ置かれたものと考えられます。
まず、この章を解釈する上で大切なのは「不得而見之」の読み方です。論語の中で、このような文型の場合には「而」の前で否定を完結させてから下文に続けるように思います。つまり「得ずしてこれを見る」と読むべきだと思います。そうすると子張第十九(493)で子貢が述べたように「文武の道、未だ地に墜ちず、人に在り。賢者は其の大なる者を識り、不賢者は其の小なる者を識る。文武の道あらざることなし。」に通じる道が見えてきます。つまり、「文王、武王が残した道は全く滅びたのでなく、人民の間に保存されて」おり、ある人の行いの中からそれを見いだして学び取るという孔子の学習法が、この述而第七(172)でも述べられていると読むことができるようになります。
次に「斯可矣」については「斯」を近称の指示詞としてではなく動詞の「斯(さ)く」と読みます。そして人民の生活の中に受け継がれている文武の道を、その日常の様々な場面の中から切り分けて選び取ると考えます。人の行動には様々な側面があります。その中から学ぶべきものを見つけ出すことで、たとえ聖人に会えなくても聖人の道を知ることができるのです。次に「有恒者」についてです。「恒」とは「いつも気を張りつめている」という意味です。論語の中の他の章で「恒」が語られるのは子路第十三(324)「子曰く、南人言えることあり、曰く、人にして恒なければ、以て巫医を作すべからず、と。善いかな。その徳を恒にせざれば、或いはこれに羞(はじ)を承(すす)む、とあり。子曰く、占わずして已まん。」です。孔子は、この子路第十三(324)において「恒なければ」を「その徳を恒にせざれば」と読み替えています。つまり、「恒ある」とは「徳が恒にある」という意味に解釈しておけば良いように思います。「徳」とは「生まれながらにもっている素直な本性」という意味ですから「恒ある」とは「生まれながらにもっている素直な本性に、いつも気を張りつめて向き合う」ことと考えれば良いと思います。今回の現代文では「いつも気を張りつめて向き合う」を「真摯に向き合う」と訳してみました。
この章は、「聖人」「君子者」「善人」「有恒者」の四区分に人を評価しています。その中では、聖人が最高で、有恒者が普通の人ということでしょう。そして「聖人」について知ろうとすれば「君子者」の行動の断片から学べばよいと述べ、その意味を、さらに一般化して善人を例にして示し、「善人」について知ろうとすれば「有恒者」の行動の断片から学ぶことができると説明を加えていると考えられます。
次に「亡而為有。虚而為盈。約而為泰。」についてです。「亡而為有。」は今の世に亡くなった聖人を有ると考えることでしょう。そして「虚而為盈。」は、亡くなった聖人を無理に見ようとするあまり、他人を過大評価して空虚なものを満ち足りていると見ることだと思います。そして「約而為泰。」は、約が「倹約」、「泰」が「贅沢であること」なので、倹約であるのに贅沢であるように見せることだと思います。これは恐らく自分を聖人の域に近づけて見せかけようとして、他人に対して優雅に過大に振る舞う場合のことを述べているように思います。そして最後に「難乎。有恒矣。」について考えます。これは倒置法で、「恒有ることすら難い」という意味の強調だと思います。つまり、今の世に亡い聖人を有ることを前提に考えてしまうと、他人の空虚なものを満ち足りているといわなければならず、自身も倹約しながら贅沢を装うような羽目に陥ってしまう。それでは人の道の基本となる自分に正直に向き合うことすら難しくなってしまうということなのでしょう。
この章が、「子曰く」の言葉を重ねるのは、二つとも孔子の言葉を引用しているからです。その引用は亡いものは亡くてよいと教えており、亡いものを有ると見る弊害を語るために必要なのです。二つの「子曰く」の言葉は、それぞれ「斯可矣。」で終わり、文の構造が完全に対になっています。これをひとまとまりと考えて一旦ここで句を切るべきでしょう。そしてこの後も孔子の言葉であるとすれば、続く「亡而為有。虚而為盈。約而為泰。難乎。有恒矣。」の前に「曰く」を挿入する必要があると思います。しかし、ここには「曰く」がないので、この続きは孔子の言葉ではなく、弟子の言葉であると思います。